ゆみと付き合っている頃、一度だけ妙な出来事があった。
デート中、彼女の携帯電話が何度も鳴る。画面を見るたびに、ゆみは少し困った顔をしていた。
「出なくていいの?」
そう聞くと、小さく頷いた。昔、少しだけ関わった男性らしい。何度断っても電話をかけてくるという。しばらくして、また携帯が鳴った。
「……電話、代わってくれる?」
僕は携帯を受け取った。「もしもし。」すると、いきなり怒鳴り声が聞こえた。
「お前、誰や!」「ゆみを返せ!」
そんな言葉が、次々に飛んでくる。正直、驚いた。でも、不思議と腹は立たなかった。冷静に、「もう連絡するのはやめてあげてください。」そう伝えて電話を切った。
隣を見ると、ゆみは少し安心したように笑っていた。僕にとっては、それで十分だった。僕は、ゆみを守れる男でいたかった。
その後、新しい会社への就職が決まった。ようやく生活も落ち着き、これから頑張ろうと思い始めていた頃だった。
突然、会社から転勤の話が出た。行き先は関東。大阪を離れることになった。ゆみに話さなければならなかった。
「転勤になった。」
そう伝えると、ゆみは少しだけ黙った。そして、本当に短く言った。
「……頑張ってね。」
それだけだった。「行かないで。」とも言わない。「私も行く。」とも言わない。引き止めることもしなかった。
あまりにもあっさりしていて、拍子抜けしたくらいだった。でも、今なら分かる。ゆみは西日本の人だった。
関西へ来るだけでも大きな決断だったはずなのに、さらに関東へ行くということは、地元からもっと遠く離れるということだった。
家族も。
友達も。
慣れ親しんだ街も。
全部、さらに遠くなる。その覚悟を、当時二十四歳だった彼女に求めるのは酷だった。それに正直なところ、僕自身にも「ついて来て」と言える自信はなかった。
新しい会社で、この先どうなるかも分からない。関東で彼女を幸せにできる保証もなかった。だから僕は、その一言を最後まで口にできなかった。
好きだった。でも、好きだけでは越えられない距離もある。僕たちは、お互いの未来を無理に曲げなかった。
だから別れは、とても静かだった。ドラマみたいな涙もない。追いかけることもない。ただ、「頑張ってね。」その一言だけが、今も耳に残っている。
あの時は寂しかった。でも時間が経って振り返ると、心のどこかで少しだけホッとしていた自分もいたことに気づく。
彼女の人生を背負う覚悟も、自信も、あの頃の僕にはまだなかったからだ。
恋愛には、忘れられない恋がある。人生を変えた恋がある。そして、心を休ませてくれた恋もある。僕にとって、ゆみは最後の恋ではなかった。
でも、人生で一番安心できた女性だった。運命の人だったとも言わない。それでも、もし
「今まで付き合った女性の中で、一番安心できた人は?」
そう聞かれたら、僕は迷わずゆみの名前を挙げると思う。
狐顔で、少し冷たく見えるのに。その奥には、誰よりも優しい笑顔を隠していた女性。
50人目のゆみは、僕に「恋愛は戦うものじゃない」ということを教えてくれた。あの穏やかな日々があったからこそ、その後の恋も、僕は少しだけ優しくなれた気がする。
(次回、おじまふぇっと裏話①「50人書いて気づいた。本当に変わったのは女性じゃなかった」へ続く)—
💡 今日のまふぇっと教訓
👉 本当に大人の恋は、引き止めることではなく、相手の人生を尊重し、お互いが前を向いて歩き出せることなのかもしれない
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