【43人目|強がり編】網タイツとおしるこの美学

恋愛遍歴

前回の「夜のサングラス事件」で、僕はひとつの真理に辿り着いた。

「夜にサングラスは見えにくい」

当たり前である。世の中の9割の人は最初から知っている事実だったが、僕はようやくそこへ到達した。

というわけで今回は、ちゃんとサングラスを外して出陣した。冬の夜。コンビニの駐車場。愛車の黒チェイサーにもたれながらタバコを吸い、43人目の女性を待っていた。

現れた彼女は、一言で言えばフェロモンの塊だった。背が高い。短いスカート。脚には網タイツ。そして腰近くまで伸びた超ロングヘア。正直、見た目だけでもかなり魅力的だった。

でも今振り返ると、僕が惹かれたのは外見だけじゃなかったと思う。当時の僕は闇堕ち真っ最中だった。人生のテーマはひとつ。

「ナメられたくない」

会社でも。恋愛でも。友人関係でも。とにかくナメられたくなかった。

それまでの僕は、相手をよく見て、気を遣って、優しくするタイプだった。でも、その優しさが全部否定されたような気がしていた。だから逆方向へ振り切った。

追いかけない。媚びない。必要以上に優しくしない。相手に興味があっても見せない。それが強い男だと、本気で思っていた。

そんな僕の助手席には、ひとつ問題があった。ドリンクホルダーに缶のおしるこが刺さっていたのである。彼女はそれを見るなり笑った。

「デートにおしるこ飲みながら来る人、初めて見た」

普通なら軽いツッコミだ。でも僕は少し嬉しかった。なぜなら、その言葉には悪意がなかったからだ。思ったことをそのまま言う。でも人を傷つける感じではない。なんとなく優しさを感じた。だから僕も少し嬉しくなった。もちろん顔には出さなかったけれど。

「俺は人の基準とか気にしないから」

と、無駄に低い声で返した。今思えば、ただのおしるこ好きである。車を走らせていると、ガソリンランプが点灯した。

「この辺、ガソリンスタンドある?」

彼女に聞いた。返事はない。窓の外を見ている。探してくれているのだろうと思いながら走った。しばらくして聞いてみた。

「どこか見つかった?」すると彼女は普通に言った。

「あ、探してないよ」

思わず笑いそうになった。天然なのか。マイペースなのか。よく分からない。でも不思議と嫌ではなかった。

その後、彼女の部屋へ行くことになった。部屋へ入った時から違和感があった。夕方なのに電気をつけない。薄暗い部屋。彼女は鏡の前へ座る。そして長い髪を梳き始めた。

ずっと。本当にずっと。無言で。鏡の中の自分だけを見つめながら。最初は少し怖かった。でも見ているうちに、別の感情が湧いてきた。

(この人、本当に髪を大事にしてるんだな)

そう思った。男性にはあまりない感覚だった。何かをここまで大切にしている姿が新鮮だった。そして少し綺麗だと思った。

さらに不思議だったのは、その空気感だった。彼女は無理に喋らない。場を盛り上げようとしない。鏡の中の自分の世界にいる。なんとなく孤独だった。友達が少ないのかもしれない。一匹狼なのかもしれない。

もちろん本当のところは分からない。でも当時の僕には、どこか自分と似た匂いを感じた。だから惹かれた。網タイツでも。ロングヘアでもなく。その空気に。

ただ、その頃の僕にはもう一人の自分がいた。

「ナメられたくない自分」

だ。本当は彼女をもっと見たかった。もっと話したかった。もっと知りたかった。でも、それをやったら負けな気がしていた。だから興味がないフリをした。彼女を見ない。気持ちを見せない。好きになっていることを悟られない。そんなことばかり考えていた。

実を言うと、僕は昔からプラトニックな恋愛が好きだった。

手を繋いだり。

キスをしたり。

くだらない話をして笑ったり。

そんな時間の方が好きだったと思う。でも当時の僕は違った。いや、違うフリをしていた。

強い男は前に進む。男女の関係も前に進まなければ意味がない。そして、その先には身体の関係がある。僕は勝手にそう決めつけていた。

本当は彼女ともっと話したかった。もっと一緒にいたかった。でも、それでは昔の自分に戻る気がした。相手を好きになって。相手を追いかけて。傷つくことを怖がる自分に。

だから僕は、自分の気持ちよりも

「強そうな男」を選んだ。

「エッチしよ?」当時の僕は、それくらい雑に誘う男が強いと思っていた。断られたら帰ればいい。追いかけない。ナメられない男は執着しない。本気でそう思っていた。

でも本当は違った。断られたら結構傷ついたと思う。なぜなら、この頃にはもう彼女のことが気になっていたからだ。

彼女は少し笑って言った。

「いいよ」

その瞬間、内心ではかなり嬉しかった。受け入れてもらえた気がした。おしるこを笑ったことも。髪を梳き続ける姿も。会話の噛み合わなさも。僕はいつの間にか全部好きになっていたのかもしれない。

やがて自然な流れでベッドへ入った。でも今思い返すと、不思議な夜だった。目の前には魅力的な女性がいる。なのに僕の頭の中は、

「どうしたらカッコよく見えるか」

でいっぱいだった。彼女を感じることより。彼女を見ることより。自分を演じることに必死だった。

本当に不器用だったと思う。結局、その日を境に関係は少しずつ終わっていった。昔の僕なら連絡していた。「今日はありがとう」そう送っていたと思う。

でも送らなかった。追いかけたら負け。連絡したら負け。相手から来るまで待つ。そんなルールを自分に課していた。

数か月後。彼女から、

「もうすぐ九州へ帰る」

という連絡が来た。それが最後だった。気付けば連絡を取らなくなっていた。

昔の僕なら追いかけていたと思う。でも追いかけなかった。ナメられたくなかったから。強そうな男でいたかったから。今なら思う。

「あんなに魅力的な女性だったじゃないか」

「本当は好きだったんじゃないのか」

心の中でそう問いかける自分もいる。でも当時の僕は、その声を押し殺した。好きになることより、ナメられないことを選んだからだ。

今でも思い出す。網タイツよりも。ホラー映画みたいな部屋よりも。なぜか一番記憶に残っているのは、助手席に刺さっていた缶のおしるこだ。あの日の僕は、好きな人に素直になるより、強そうな男を演じることを選んでしまった。

今なら分かる。ナメられたくなかったのではない。本当は傷つきたくなかっただけだった。でも当時の僕には、その違いが分からなかった。

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