48人目のあの夜。僕のプライドは、大阪郊外のアスファルトの上で木っ端微塵に砕け散った。
それでも、200人の旅は止まらない。傷だらけのメンタルを抱えたまま、次に出会ったのは、それまでほとんど縁のなかった年上の女性だった。
出会いは、イオンの化粧品売り場。
「はじめまして」
そう挨拶を交わした直後だった。姉さん(28歳)は、買い物カゴも持たず、両手いっぱいに化粧品を抱えて僕の前に立った。
「これ、買ってほしいんだけど」見ると、合計は軽く1万円を超えている。……いや、初対面の一言目である。さすがの僕も苦笑して言った。
「いや、それは無理。」
すると姉さんは怒ることもなく、
「ちぇっ、ダメか」
と言いたげな表情で、あっさり棚へ戻していった。図太いのか素直なのか、よく分からない。それが姉さんの第一印象だった。
彼女は僕より1、2歳年上。どこか素朴な田舎っぽさを残しながらも、外見は文句なしに可愛く、スタイルも抜群だった。
ほどなくして僕は、きっぱり振られた。
「君は私の彼氏にはならない。」
でも、不思議と落ち込まなかった。当時の僕は、こう考えていたからだ。
「女友達がいなければ、彼女なんてできるわけがない。」
これは恋愛の修行だ。そう割り切ってからは、僕たちは夜になると遊びに行く、不思議な友達になった。
姉さんは夜、キャバクラで働いていた。仕事帰りに突然呼び出され、
「何か奢って。」
と言われる。お金のない僕が連れて行けるのは、深夜まで営業しているラーメン屋くらいだった。
「えー、またラーメン?」
毎回そう文句を言う。それでも最後には楽しそうにラーメンを食べる。キャバクラのドレスの下に腹巻きを巻いて出勤し、「おばさん臭い」と同僚に笑われた話を嬉しそうにする。
そんな、どこか抜けていて憎めない人だった。ある日、姉さんが言った。「男の人が欲しいから、お見合いパーティーに一緒に行って。」
僕は完全に付き添いだった。姉さんにとって僕は、男として意識しなくて済む、安全な弟分だったのだろう。
ところが、そのパーティーで思わぬことが起きる。僕は、のちに長く付き合うことになる「ゆみ」と出会い、カップリングした。
帰り道。車の中で姉さんがぽつりと言った。
「……へぇ。マフェットって、モテるんだね。」
その一言には、それまで僕を下に見ていた人の戸惑いが、少しだけ混じっているように感じた。
数日後。姉さんの部屋で話をしていると、僕は何気なく、ゆみと順調に仲良くなっていることを話した。
その瞬間だった。姉さんが静かに言った。
「いいよ。1回だけだったら、やらせてあげる。」
昔の僕なら、飛びついていたかもしれない。28歳。可愛くて、スタイルもいい女性。部屋には二人きり。しかも、まだゆみとは付き合っていなかった。
それでも僕は、姉さんの目を見て答えた。
「1回だけだったら、嫌だ。」
意地を張ったわけじゃない。その頃の僕の中には、いつの間にか一つの境界線ができていた。やるなら付き合う。付き合わないなら、やらない。
その境界線だけは越えたくなかった。そして、新しく始まりかけていた”誰かとの未来”に対して、不誠実な自分にもなりたくなかった。
姉さんは少しだけ寂しそうに笑って黙り込んだ。それ以来、僕たちは自然と会わなくなった。
今思えば、姉さんは僕の人生を変えた恋人ではない。忘れられない恋でもない。だけど、初対面で1万円分の化粧品をねだったあの日から、お見合いパーティーへ誘ってくれた日まで、姉さんがいなければ、僕は「ゆみ」と出会うこともなかった。
人生には、恋人になる人とは別に、人生の景色そのものを変えてくれる人がいる。姉さんは、まさにそんな人だった。
あの日、僕が断ったのは、一夜の誘惑だったのかもしれない。でも、姉さんが僕にくれたのは、それ以上に大きなものだった。
次の恋へ進む、小さなきっかけ。恋人にはならなかった。それでも姉さんは、僕の人生を静かに動かしてくれた、大切なキューピッドだった。
(50人目・ゆみ編へ続く)
💡 今日のまふぇっとの教訓
人生を変える人は、恋人とは限らない。ふと背中を押してくれた人が、運命の扉を開けてくれることもある。
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