奈良の夜と、手の届かないような女性
20代の頃の話だ。仕事帰りの電車に揺られ、僕は大阪から奈良へ向かっていた。
マッチングアプリで出会った彼女は、奈良に住む20代の女性。
待ち合わせ場所に現れた彼女は、身長160cmほどのスラリとしたスタイルで、とてもおしゃれだった。
「うわ、ラッキー!」心の中でそう思った。同時に、
「こんな綺麗な子、僕なんかすぐ振られるんじゃないか……」
そんな弱気もあった。ところが、予想に反して彼女は僕を気に入ってくれた。
そして、あれよあれよという間に付き合うことになった。
綺麗な女性の「もう一つの顔」
それから、仕事帰りに電車で奈良まで行き、彼女の部屋で過ごす日々が始まった。
付き合いが深まるにつれて、少しずつ彼女の抱えているものも見えてきた。
スラリとした綺麗な腕には、リストカットの痕があった。
精神的にも不安定で、眠くなるような薬を日常的に飲んでいた。
そして、愛情に飢えていたのか、身体の繋がりもかなり強く求めてきた。
当時の僕は性欲もそこまで強くなかったし、エッチも上手くなかった。
正直、彼女の強い執着には少し圧倒されていた。それでも、嬉しかったことがある。
二人で部屋のテレビを見ていたとき、彼女がふと、「マフェット君も、この番組に出ればいいのに。絶対モテると思うよ」と言ってくれた。
その言葉が、ものすごく嬉しかった。
(彼女の目には、僕ってカッコいい男に見えてるんだ)そう思って、ちょっと誇らしかった。
――あの事件が起きるまでは。
ロフトからの鉄アレイ
何回目かの泊まりの日だった。エッチが終わり、僕は泥のように眠っていた。
すると突然――ドーン!!!!
ものすごい音がした。心臓が跳ね上がり、僕は飛び起きた。
そして目に入ったのは、僕の顔から、わずか30cmほど横に転がっている鉄アレイ。
「……え?」何が起きたのか分からない。ゆっくり頭上を見る。
すると、ワンルームのロフトから彼女が僕を見下ろしていた。
その顔は――完全な無表情。怒っているわけでもない。泣いているわけでもない。
ただ、無表情で僕を見ている。一瞬、僕の中に怒りが湧いた。
(おい……顔に傷でもついたらどうすんだ、この野郎)
本当にそう思った。でも、その怒りはすぐに消えた。
なぜなら――怖かったからだ。人の顔から30cmしか離れていない場所に、鉄アレイを落とす人間。
普通に考えたら、怖い。
今でも正確な理由は分からない。いびきがうるさかったのかもしれない。
あるいは、彼女の中ではエッチが物足りなく、そのまま僕が寝てしまったことが気に入らなかったのかもしれない。
どちらにしても、僕には分からない。
「これ、怒っていい場面なのか?」いや。そんなことを考えている場合じゃない。
(やばい。ここにいたら、殺されるかもしれない……)
頭の中で、警報が鳴り響いた。
怒るより、逃げる。朝5時の脱出
ここで慌てたり、彼女を問い詰めたりしたら、何をされるか分からない。
僕は恐怖の中で、とにかく平静を装った。鉄アレイには気づいていない。
何もなかった。そういうことにした。
「あ〜……起きた」あくびをしながら、何事もなかったように呟く。
そして、「あ、ヤバい。今日ちょっと朝早く帰らないといけないんだった」
独り言のように言いながら、ゆっくり着替えた。そして玄関へ向かう。
まるで、「ちょっとコンビニ行ってくる」くらいの自然な顔をしてドアを開けた。
次の瞬間――朝5時の奈良の街へ逃げ出した。帰宅してから、僕は彼女の連絡先を即座にブロックした。
その後どうなったのか。僕は知らない。知りたくもなかった。
今思えば、あのとき怒らなくて本当によかった。「顔に傷でもついたらどうするんだ!」
と言いたい気持ちはあった。でも、人の顔の近くに鉄アレイを落とす人間を前にして、怒りより先に恐怖を感じた。
あれは、僕の人生でもかなり上位に入る「逃げて正解だった夜」だと思う。
どれだけ綺麗な女性でも。どれだけ好かれていても。どれだけ付き合いたいと思っていても。
鉄アレイが飛んできた瞬間、全部どうでもよくなる。そして僕は、朝5時の奈良から逃げた。
【今日のまふぇっと教訓】
👉 どれだけ綺麗な女性でも、顔の30cm横に鉄アレイを落としてきたら、怒るより先に逃げろ。
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