【52人目|会社編】キャンセルしかけたグレイスーツが、僕を変えた

会社編

後の【関東編】で、僕は数え切れないほどの恋愛を経験することになる。その戦場で、僕にとって最強の「戦闘服」となる武器を手に入れた出来事があった。

始まりは、一着のグレイスーツだった。

関東への転勤が決まり、新しい職場で着るスーツを買いに行った。店員さんと「あれがいい」「こっちの方が似合う」と三時間近く悩んで選んだのは、それまでの僕なら絶対に選ばなかったスタイリッシュなグレイスーツだった。ところが、家へ帰った途端、不安が押し寄せてきた。

「こんな格好いいスーツ、自分には似合わない。」「こんなのを着て行ったら、『調子に乗ってる』と思われるんじゃないか。」

怖くなった僕は、なんと店へキャンセルの電話をかけた。店員さんとは少し気まずい空気になり、結局そのまま購入することになったのだが、今思えば、あの時キャンセルしなくて本当に良かったと思う。

あの一着が、僕の人生を少し変えてくれたからだ。初めて袖を通した瞬間、不思議な感覚になった。

賢く見える。

堂々としている。

礼儀正しく振る舞える。

もちろん、スーツ一着で人間が変わるわけじゃない。でも、人は服装で気持ちが変わる。あの頃の僕は、それを初めて体感した。

もともと老け顔で真面目そうに見られることが多かった僕には、そのグレイスーツが驚くほどしっくりきた。

私服では感じていた劣等感が少しだけ消え、女性と話す時も不思議と緊張しなくなった。

その「鎧」の力を実感した出来事がある。ある取引先の受付に、誰もが「美人だ」と噂する女性がいた。

芸能人の北川景子さんに少し雰囲気が似ている、とても綺麗な人だった。普段の僕なら緊張してしまい、まともに話せなかったかもしれない。

でも、その日は違った。仕事の話をしながら、一時間ほど自然に会話ができた。それだけだった。何かが始まったわけでもない。連絡先を交換したわけでもない。

数日後、再びその会社を訪れた時だった。受付の別の女性が、笑いながら言った。

「そういえば、あの子が『マフェットさんって、かっこいい人だね』って言ってましたよ。」

耳を疑った。「えっ、僕が?」分不相応だと思ってキャンセルしかけたスーツ。それを着ていただけの僕が、美人だと評判の女性からそんなふうに言われるなんて思ってもいなかった。

心の中では、飛び上がるほど嬉しかった。「あのスーツを買って良かった。」そう思えた瞬間だった。もちろん、この話に恋愛の続きはない。

彼女とは仕事相手のまま終わった。でも、僕はもっと大きなものを持ち帰っていた。それは、自信だった。

そして、もう一つ。僕は自分の性格にも気づいた。誰かから「かっこいい」と思われることは嬉しい。

だけど、その期待に応え続けようとして、本当の自分を隠してしまう恋愛は、どこか苦しかった。

僕が本当に欲しかったのは、「モテること」じゃない。好きになった人の前で、無理をせず自然体で笑えることだった。

グレイスーツは、僕に自信をくれた。でも同時に、「鎧は着てもいい。でも、鎧のまま生き続けなくてもいい」ということも教えてくれた。

この一着を手に入れた僕は、少しだけ強くなって関東へ向かう。そこで待っていたのは、さらに濃くて、さらに不器用な恋愛ばかりだった。

(53人目へ続く)—

💡 今日のまふぇっと教訓

👉 人は服装で変われる。でも、本当に大切なのは、鎧を着た自分ではなく、鎧を脱いでも笑っていられる自分でいること

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あの頃の僕は、たまたま一着のグレイスーツに背中を押してもらった。もちろん、スーツを変えれば人生が変わるなんて簡単な話ではない。でも、自分に似合う一着を着るだけで、不思議と背筋が伸びることはある。もし「新しい環境で少し自信を持ちたい」と思っているなら、一度スーツを見直してみるのも悪くないかもしれない。

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