■ さよなら、僕の「キメラの翼」
付き合いたての絶頂期に、彼女は冷たく言い放った。
「その髪型、ダサい。変えてくれないと、恥ずかしくて一緒に歩けない」
それは、僕が当時の精一杯のこだわりを詰め込んだ、自慢の「キメラの翼」だった。
当時の人気ゲームに出てくる、どこへでも飛んでいける魔法のアイテム。サイドをツンツンに跳ねさせたその髪型は、僕にとってどこへでも行ける自信の象徴だったんだ。鏡の前で何度も調整した、僕の自信そのもの。
都会の女から突きつけられた非情な宣告に、僕は目に涙を溜め、泣き出しそうになっていた。
(かっこいいと思ってたのに…早く言ってよ…)
(彼女はずっと我慢してくれてたのか…)
彼女に「選ばれたい」一心だった僕は、その翼を折る決心をした。
■ クリアファイルのなかの「神」
翌日、僕は生まれて初めて「美容院」という場所の門を叩いた。手には、雑誌から切り抜いた木村拓哉。それを大事に、クリアファイルに挟んで持っていった。
「これにしてください」
自分とは対照的な、完璧な美しさを放つスターの髪型。
それから1年間、僕は毎回そのクリアファイルを携えて美容院へ通い続けた。田舎者のプライドを捨て、都会の女に見合う男へと必死に外見を「整形」していく日々。
(今思うと…恥ずかしい…)
(美容師さんクリアファイル見なくなってたな…)
それは、あさみという都会の基準に、自分を必死にアジャストしていく作業でもあった。
■ セミダブルの小さな宇宙
僕たちの旅は、少なくとも僕にとっては、いつも最高の冒険だった。有馬や城崎の温泉、姫路のお城、門司港の夜景、そして名古屋のグルメ……。
当時の僕には、気兼ねなく遊びに行けるような男友達もいなかった。だから、誰かと一緒に知らない街へ出かけること自体が、震えるほど刺激的で、世界が広がるような感覚だったんだ。
授業の合間を縫って死ぬ気でバイトをして貯めた金で、ようやく実現する一回一回の旅。予約するのは、いつもビジネスホテルの窮屈なセミダブルの部屋だった。
中には、信じられないほど年季の入った「ハズレ」の宿もあった。部屋にゴキブリが出て、怯える彼女の背中を見ながら、
「次はもっといいところに泊めてあげたいな……」なんて、思うこともあった。
ただ、狭いベッドで、互いの体温が嫌でも伝わるほど肩を寄せ合い、街の明かりを眺める時間。その「狭さ」こそが、僕たちが世界から切り離されて繋がっていられる、唯一の特権だと思い込んでいたんだ。
■ 買えなかった10万円の指輪、ゴミ箱に捨てられた記憶
付き合いを続けるためには、対価が必要だと思い込んでいたのかもしれない。4万円の財布、5〜6万円のバッグ……。バイト代を削り、自分の服を諦めては、彼女にプレゼントした。
けれど、彼女の要求は次第にエスカレートしていった。ある時、彼女が欲しがったのは10万円の指輪だった。
「ごめん、学生の僕には10万円は高すぎて買えない。4〜5万円のものにしてくれないかな」
精一杯の誠実さで伝えた僕に、彼女は冷たく言い放った。
「……10万円じゃないなら、いらない」結局、その指輪を買うことはなかった。
けれど、何より僕の心を打ち砕いたのは、ある日彼女の家で見つけた「光景」だった。以前、僕が必死に働いてプレゼントしたネックレスが、何気なくゴミ箱の中に捨てられていたんだ。
(彼氏が家に来ると分かっているのに、隠しもしないのか……?)
あさみの、あまりに無神経なその振る舞い。僕にとっては一回一回が特別な、魂を削って用意したプレゼントだった。
でも、彼女にとっては「古くなれば捨てる」だけの、代わりがいくらでもあるただの物体だったんだ。都会の女の底知れない冷たさと、価値観の圧倒的な違い。
僕はショックで頭が真っ白になりながらも、その場では何も見なかったフリをして、ただ隣で笑うことしかできなかった。
――7年という歳月が、いつの間にか僕たちを「恋人」から「惰性」へと変えていた。
彼女になった安心感から、僕はどこかで「これだけうまく付き合ってきたんだから、何を言っても許してくれるだろう」と甘え始めた。些細なことで言葉のナイフを投げ合うようになっていた。
お互いの価値観の深い溝と重圧に耐えきれず、確実にひび割れ始めていたんだ。
(後編へ続く)
💡 今日のまふぇっと教訓
「愛されるために変わったはずなのに、気づけば“自分”が一番消えていた。」
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あの頃の僕たちは、狭いセミダブルで肩を寄せ合っているだけで幸せでした。皆さんも、大切な人と「背伸びして出かけた旅」の思い出はありませんか?今ならもっといい宿を選べるかもしれないけれど、あの時のドキドキは今だけのもの。次の休みは、大切な人を誘ってドライブにでも出かけてみませんか。


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